振り返り。terraceの2010年や震災のこと。

振り返り。terraceの2010年や震災のこと。

北村です。だいぶご無沙汰していますが、皆様いかがお過ごしでしょうか。ぼくはそこそこ元気です。毎日料理をして、戯曲を書いて、粛々と引っ越しの準備を進めています。

さて今日は。

すこーし遅いけれど、ホッピーに続いて2010年度の活動の振り返りなど認めます。ぼくなりにね。
ではさっそく。

2010年度はとにかく、たくさんワークショップをやりました。細かいことは省きますが、北へ南へあちこちの学校へ飛びました。下は小学校低学年から上は高校3年生まで全国の子どもたち(たまに大人も)に遊んでもらって、行く先々で土地の人々に触れ、食べ物を口にして、ビールを飲みました。

そりゃあもう楽しかった。どの街も、人々も、出来事も印象深かった。得難い経験がたくさんできた一年でした。

一方で、なんだかずっともやもやしていたこともあります。今自分がしていることはなんなのか。演劇のワークショップは、それを通じて彼らが体験することにはどんな意義があるのか。その場に立ち会う自分にはどんなバックがあるのか。根本的なところでよく分からなかったのです。よい酒の肴にはなったんだけど、それはまた別の話だし。

とはいえ分からないなりにも続けてみるものでして。慌ただしい行脚を続けていくうち、なんとなく自分の中で気づいたことや、考えたい、試したいと思うことが身体の中に積もっていくのを感じていました。

事業が終了したのは2月です。次年度が始まるまでにはまだじゅうぶん時間があるし、温泉にでも浸かりながらゆっくり考えようかなあ。そう考えていた矢先のこと。3月11日がやってきました。

世の中がすとんと変わってしまい、まずは無力さが先に立ちました。ぼくには演劇の即効性のなさが歯がゆかった。もちろん、できることがないわけじゃない。人と空間があれば劇は創れるし、それを観てもらうことも、そうして得たお金を被災地に送ることもできる。場合によっては、被災者に観てもらうことだってできるでしょう。それが本当に必要かどうかはさておき。

まず生きること。ぼくたちがやってきた「芸術表現を通じたコミュニケーション」よりも、今すぐ温かいスープと毛布を必要とする人々があれからずっと、そこにいることは動かしようのない事実でした。

けっきょくこの一年でしてきたことって、なんだったのだろう。悪いことではなかったはずだけど。じゃあ、どんないいことがあったのだろう。たとえばいわきにも何回も通ったけれど、あの子たちは今この状況をどんなふうにして過ごしているのだろう。学校が用意したイベントのひとつである以上に、何か役に立つことを残せただろうか。詮無い考え事が続きました。

あの時あんなに笑っていた子たちが渋い顔をするのは嫌だな。たまにでいいから、あの時しゃべったことや、身体を動かしたこと、一緒に考えたこと、何かひとつでも思い出してくれないかな。だってあれ、楽しかったじゃない。ほら、大変な時ほど、誰かと話したり笑いあったりすることは大切でしょう。だんだん、そう考えるようになっていました。

だってぼくたちがやってきたワークショップは、そういうアンテナの感度を上げるための作業でもあったはずだもの。直接役には立たなくたって、困難に立ち向かうための知恵を仕込むくらいはできたはず。それはきっと、ぼくたちがワークショップを行うことの意義のひとつであり得るだろう。

もちろん、それは確かなことではありませんし、実証するのもとても難しい。個人の思い込みのレベルとさえ言えます。ただし、よくよく考えたらぼくは演劇から、そうしたことをずっと学び実践してきたのだ。これは信じるに値する。

その考えははからずも、これまでずっと引っかかっていたことの答えのひとつであるようにも思えました。すべてじゃないにしてもね。

 

2011年度も、terraceはあちことでワークショップを展開する予定です。去年までとは違うこともたくさんあるでしょう。これまで培ってきたことを大切にしつつ、その時がくればいつでもポォンと手放せるような自由な姿勢で臨みたいです。ポォンとね。

それでは今日はこのへんで。また気が向いたら何か書きます。皆様、ごきげんよう。

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