ひろこちゃんとやすおくん 2

(2)

僕の名前は伊藤馨である。
伊藤恭夫の第一子、長男である。
今は馨(けい)だけど、生まれてから二週間は名前が無かったので「〆(ちょん)」と呼ばれていたと聞いた。
子どもが出来て、うれしくて(だと思いたい)名前を延々と悩んだ挙句に「馨」となった。

ものすごい右往左往して考えていたらしい。
僕が小さい頃の写真を見るといつもとても嬉しそうに映っている。

そんなやすおくんであるが、昔はお父さんと呼んでいた。
お父さんになりたくて、パパではないらしい。
確かにそう呼んでほしいという希望だったような気がする。
もしくは母がお母さんとと呼ばれたかったのかもしれないが。
思春期のころから、おやじと呼ぶようになり、僕が成人して、父が脳溢血で倒れたあとはやすおくんよ呼んでいた。

そんなやすおくんであるが、漢字変換が面倒くさい。
恭順の恭に夫。いちいち「きょうじゅん」って変換をかけて順の字を消す。で、夫。

15歳の時に初めて二人旅をした。
元服だからというのか知らないが、二人で伊勢から奈良、京都、大阪を旅した。
途中から親父の親友も合流した。
不思議な三人旅だったけど、それを経て大人になるんだなぁ。
と不思議なことを思った。
そこから父親と息子である以上に、男同士という変な連帯感が生まれたように思う。
仕事が終わって帰ってきた親父と一緒にゲームをしたり、アニメを見たり。

よく思い出すのは、買っていた猫の大黒屋光太夫が親父のことを召使だと思っているのか、親父が帰ってくると飯をねだってニャアニャア鳴く。
親父は
うるせえなぁ。
と悪態をつきながら飯をやっていた。
俺は動物は好きじゃない。
みたいな様子でいるくせに猫の面倒は見てしまう。
だからと言って撫でたりはしない。

そこから、いろいろあって倒れて、入院して、
やすおくんになった。