なんてことのないこと。

なんて事のない自分と、すごくないといけない自分。

そんなのが、しょっちゅう鬩ぎ合う。

僕は、何かを転がしたり、始めたりするのが、好き。

そして、誇大妄想狂。

なので、いろんなことやってみたり、あっちこっち行ってみたりする。

その中で、自分を見誤ることがよくあって。

おー。すげー。天才ちゃん。と、自分で思ってやってることが大したことなかったり。

逆に、なんでもねーな。と思ってやってることが大したことだったり。

ま、どっちも自分の評価と他人の評価のずれみたいなものが、僕になんだかダメージを与えてみたりすんだよね。

実際、明かり作ってるときは、どっちかというと自分が何が出来てるのか知らないけど、やれることはやろう。という感じ。師匠の教えに則れるように、「何者でもない自分」と向き合ってなんかを作る。その評価については、いつも「?」が飛ぶことが多い。自分がやってることについて、狙いのみ集中してることが多いからかもしれないけど。どうも好かれたり、嫌われたりしてみてる。ま、それはいいんだけど。

思想や主義、主張。そういうものは、どうやったって主観的なことからしか脱却は仕切れないと僕は思う。そして、どんな仕事をしていても、それは常について回る。

たとえば、人間を見る目だったり、それを見る自分自身だったり、仕事の上でのプライオリティだったり。

自分を構成してる半分は自分だけど、もう半分くらいは周りの評価だったりすると思ってる。

気に入らなければ去ればいい。気に入ったならば傍に居るという簡単なことをするだけのことだったりするんだけど。

基本的には非情なので、居たい人には優しく、そうでもない人にはそうでもないなりに。

後は、気分屋だから気分次第。

とか、している割にそれなりに何かをこなしていくというタスクも常に存在して、その中ではやっぱりそれなりにすごくないといけないわけで。んで、もともと大したことないからボロが出たりする。

そんな自分に困ってみるけど、結局、自分が持ってるものしか使えない。

スタイルを提示することでしか、何かを表現できないから、今の仕事をしているんだと思う。そのスタイルを守るためには結構必死だったりもする。

自分の目や知識や直感を心底信じてみて、さらに疑って、浮き出てくるものを信じるっていうスタイル。それは他人からもらったものでも、誰からもらったものでも、自分に落として自分のものにして使う。そういうこと。

そんななんてことないことを、明日演出家と自分の明かりについてミーティングしなくちゃいけないときに考えてしまっている。

いや、ただの負けず嫌いなんだけどね。負けたくないのよ。

特に美意識で。きっと相手もそうなんだと思う。

そうじゃないと面白くない。面白いものは創れない。

明日は全部食べて、全部還元してやる。

それでいいものが創れるなら御の字。